「・・したのに!」という言葉が、私を不幸にしていた。(自分を自分で見つめないと夫婦関係は、良くならない。) |
「仕事は、やり方によっては自分を磨いてくれる。成長させてくれる。」ということをチーズマーケットを10年やって実感しました。この10年の仕事は、私自身をとても大きく進歩というか成長させてくれた気がします。毎年毎年自分の中にある多くの欠点を自分自身で見い出すことができましたが、今回の話は特に私を不幸にして来た根源だったことが自分で納得できました。それは、一体何? 私が妻の美奈子や他人に対して言ったり、言わなくても心の中で思っていた「・・・したのに。」というセリフだったのです。この言葉と決別することが出来た自分の記念にこのページを作りました。自分を見つめる時の何かのきっかけになればとても嬉しいです。 |
公立中学校の教員をやっていた頃、私は心のどこかで「自分だけたくさん働いている。」とか美奈子に対しては、「ご飯の用意をするのは、当然だ。」と思っていました。学校では、「校長は口ばかりで何もやらない。」とか「宿題のプリントを作ったのに、やってこない生徒がいる。」とか不満に思うことがありました。その中でも特に夫婦の間で労働内容に大きな違いがあることに不満があったのだと思います。私は朝早くから家を出て行かなくてはならないし、帰宅も遅くなる。仕事がきつい。一方で、子供がいない私たちの場合、美奈子はずっと家に居られるし、子育ても無いので自由な時間が多いと。そんなある日の事、家に帰った時にご飯の用意が出来ていなかったので、「こんなに働いて帰ってきたのに、どうしてご飯が無いのよ!」というセリフを美奈子に吐いてしまいました。その他にも酷いことをたくさん言いいました。とても反省しています。最近もこんなことがありました。美奈子がチーズマーケットの発送業務で忙しくて家事が出来なくて、それを見ていた私は代わりに料理を作ったまでは良かったのですが、それを美奈子が余り食べない時がありました。そんな時、私は「せっかく作ったのに、何で食べないのよ!」となじってしまったのです。そういう事を言っては、自分がいつも正しいと相手に主張したり、そしてその言葉で相手を変えようと考えていました。全く自分の過ちを振り返ろうともせずに・・・。そうです、自分を変えようなんて思っても見ませんでした・・・・・。 |
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こういう事を言うと、一瞬だけスカッとします。でも、その後にはずっと後悔の気持ちが溢れてきて、とても気持ち悪くなりました。どうして、気持ちが悪くなるんだろうかと考えてみました。美奈子の事、そう言ってしまった状況、自分の事。どうしてそんなことを言いたくなったのか・・・。原因はどこにあるのか? |
そして答えの無いまま時が流れたある日、それは2月15日(2008)頃でした。私はハッと気付きました。今まで幸せに成りたいと思って、32歳で教員を退職してからずっと一所懸命に働いてきました。そして、その結果、多くの人達に励まされて、チーズマーケットを10年もやって来れました。友達もたくさん出来たし、その上に大きな家も買ったし、高い車も持つことが出来た。貯金もたくさんある・・・・。他人から見ると、とても幸せな条件が揃っているにも拘わらず、なんで気持ちが悪いんだろうか?と不思議に思いました。やっぱり、先のセリフを誰かに言ってしまったり、心の中で言ってしまうと、たちまち気分が悪くなり幸せを感じられなくなるのでした。 |
さらに、ハッと気付きました。「そうなんや! お金が一杯あっても、家があっても、車があっても、それだけじゃ幸せにはなれないんだ!」と。「いつでも自分の気持ちを冷静にコントロール出来るようになるには、金・家・車なんて物は、全く役に立たない!」と。そして、余分なお金を集めることは無意味だと分かり、幸せになるには、いや幸せと感じる様になるには、自分自身の心の問題を自分自身で解決しないと駄目だ。と気付いたのでした。でも、この気持ちの悪さの原因は、いったい何処にあるのだろうか?と初めて深く自分の中を見つめたのでした。 |
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そしたら、分かったのです。やはり気分が悪くなる原因は自分の心にあったと。そもそも「・・・したのに」というセリフが出てくる物の考え方が、駄目だと。配達が忙しくても、それを夜9時過ぎまでかかって遣り遂げたのなら、それはとても素晴らしい事です。でも、その素晴らしい事をした後で、「こんなに働いてきたのに、ご飯の用意が無いの?」という他人からの見返りを期待していた心持ちが駄目なんだと気付いたのです。まず、やり遂げたことを自分で納得して、自分で褒めて、それで完結するんだ・・・と心に決めました。例え自分がどんなに頑張ったとしても、それを持ち出してきて、相手からの見返りを期待したり、或いは自分がやった仕事と同じ内容を他人がする事を期待したり、逆に他人が自分と同じに出来ないことに腹を立てたりする気持ちが、幸せを遠ざけていたんだ。と知ったのです。今までの私は、結局は「他人からの<評価・対応(例;私の仕事の対価として妻がご飯を用意していてくれる。)>の良し悪しで気持ち良くなったり悪くなったりしていただけだった。」と気付いたのです。このままでは、これから先もずっと「自分の気持ち良さ・悪さが、他人の<評価・対応>で変わってしまい、日々の心の安定は永遠に望めない。」と考え抜きました。つまり、こういうことです。自分に対する他人の評価・対応は、常に変わります。そうした不安定な評価・対応を自分の幸せの拠り所にしてしまうと、まるで自分の幸せが他人に握られてしまうことになる様なものだと思ったのです。だから、これからはもう人からどう思われようと気にしない!自分が納得できる行動をすることが大事だと気が付いたのです。つまり、「自分がやった事を自分一人だけで評価し、それを自分で受け入れて、そこで完結させる。」様に気持ちを入れ替えればいいのです。この「自分で自分の事を評価する。」事が最も重要であり、自分以外の他人からの<評価・対応>を期待しなければ、私のこの先の人生において永遠に心の安定が保たれると気付いたのです。でも、世の中には、以前の私の様にこの落とし穴に落ちたままで、うごめいている人がとても多いと思います。「せっかくいい仕事をしても評価してくれない。」と嘆いたり、逆に他人に自分と同じ質を要求して、自分自身や他人を傷つけて生きています。自分がやった仕事の評価を自分でやらず、いつまでもいつまでも他人からの見返りや評価を待ち続けていて、一向に完結出来ないから、常に心が満ち足りず、幸せを感じられないのです。 |
もうこれからの私の人生で、「・・・したのに」なんて、セリフを言うことはありません。あの2月15日から実際に今日までどんなに仕事が忙しくても大変でも頑張って働いた日であっても、美奈子や他の人にこのセリフを言うことがなくなりました。そして、毎日笑顔で「ただいま!」と家に入れるようになりました。それは何と言っても、自分が働いてきた事に自分でお疲れさん、頑張ったねと言える気持ちになり、その時点で自分のやったことを自分で評価して、完結出来るようになったからです。美奈子などの自分以外の他人からの評価を必要としなくなったのです。これでもうその日からずっと毎日気持ちのいい日を過ごして行ける様になったのです。^^)「良かったー。」 |
幸せになるには、或いは幸せを感じる為には、自分がどういう物の考え方が出来るかどうかに尽きると私は思っています。では、そもそも一体どうしてこんな不幸なセリフを口にするようになったのか?を考えると、その原因は私の母親の言動に心当たりがあります。母子家庭だった私たちは、母がゴルフ場でキャディーをやって兄と弟の私を高校まで行かせてくれました。育ててくれた事は、本当に感謝しています。でも、この母親の言動が私を長く苦しめて来ました。家事の一部は、小学2年生からやっていました。洗濯をしたり、洗濯物をたたんで箪笥に仕舞ったり、掃除をしたり、風呂を洗ったり、茶碗を洗ったり、米を研いだりと何でもやりました。特に米を研いでからご飯を炊くのは、母親が仕事から帰る5時半までには、やっておかなければならない仕事でした。でも、それが出来ていない時は、母親は私の顔を見るなり機嫌が悪くなり、よく怒りました。「どうしてやっていないの? クタクタになるまで働いて来たのに・・・」という言葉を何度となく母親から聴かされて暮らしていました。こういう母親からの影響で私の不幸が始まったのだと分かりました。私はこの母親が言っていたのと同じセリフを美奈子や他人にずっと言ってきた気がします。こんなに大きく(46歳)なってから、この事を母親のせいにする訳ではありません。しかし、私が言いたいのは、「これこそ自分の根本的な考え方だ!」何て自分で認識している考えであっても、ひょっとすると実際には今回の話みたいに「親や地域社会や風習や習慣から強い影響を受けて身に付いてしまっただけの事で、自分で納得して身に付けた思想や考えではないかもしれない。」という事実をお伝えしたかったのです。そういう意味でもこれからの私は、今自分の心の中にある「考え方」の一つ一つを自分自身で検証をして、本当にそれは納得できる物なのか、或いは納得できない物なのかを判断しなくてはならない時だと感じています。これからの人生の中でじっくりと見極めて行きたいと思います。 |
やっと私は、他人の<評価や対応>から本当の意味で自分の心が無関係になり解放されました。見返りを期待しない独立した心が持てるようになりました。人の目を気にして生きているうちは、心の安定は望めまないのです。いつでも何処に居ても自分は自分だという気持ちを持てるかどうかが分かれ目なのです。すっきりした私は、これからはもっと人に優しくなれそうです。 |
「・・したのに!」という言葉が、私を不幸にしていた。(自分を自分で見つめないと夫婦関係は、良くならない。) |