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食べ方と性格は密接な関係がある。仕事の仕方を見直して、ゆっくりと食事が摂れれば、健康になれる。


私は、これまでいろいろな国や地方を旅して、いろいろな人と一緒に食事をする経験に恵まれました。こうした経験から、「どんな食生活にすれば、長生きが出来るのか?」と考えるように自分が変わってきました。そして今言えるのは、「自分で育てた野菜や信頼できる農家が作った野菜・果物などを使って、或いは自分自身でしっかりと選んだ食品を使って、それらを自分で料理して、自宅で家族や友人と話しながらゆっくりと食べる事。」だと思い至りました。そうした食生活を毎日毎日、一日でも長く続けていく努力こそが、健康への唯一の道だと確信しています。つまり、何を食べるかが重要ではなく、良質な食品をどういう風に食べるかという「食べ方」がより重要だと思います。そして、「どのような食生活をしているかで、性格や物の考え方も変わっていく。」というのが、今回のお話です。


ミレーナさんのライチ畑でもぎたてのライチを食べる美奈子店長。鳥も大好きなので大きなネットで覆っています。11月2008年

今の日本の社会では、「何を食べたら良いのか?」ということばかりに目が行く風潮で、こんなことで大丈夫?と疑問に思います。例えば、「この健康飲料を飲めば、一度に30種類の野菜と同じ栄養素が摂取できます。」とか「ヴィタミンCは、レモンの20倍。」・・・。こんな風に宣伝をしたり、それを真に受けて買うなんて、どちらも残念です。落ち着いてゆっくりと食事も出来ないほど厳しい仕事をしなければならない状況に身を置いて、そうしたものを一気に飲み干しても何の解決にならないのです。野菜ジュースや健康食品だけで健康になることは無理です。どうすればゆっくり食事が摂れるのか?という根本的な問題に目を向けなければなりません。

 

つまり、良い物を選んで食べるだけじゃ駄目で、それを食べ続けても健康な日々は送れません。元々「これさえ食べていれば、すぐ・必ず健康に成る。」なんて思う事自体が変です。どんな人でもお金の力だけで健康を手に入れることは出来ません。健康を維持するには、日々の生活をどうやっていくかという絶え間ない努力と経験、それに加えて常に改善しようという前向きな姿勢が大事だと私は考えています。


今から8年ほど前、チーズマーケットを始めて2年程が経った頃です。仕事はとても順調で、そろそろ一人の力では仕事が回らなくるほどに事業が拡大していました。強欲だった私は、札幌の中心地にある地下街にも支店を出そうと準備をしていました。仕事以外にも朝から晩までやることが多く、ついつい食事の時間を削ってまでも時間を作るような日々を送っていました。家で料理を作って食べることはほとんどなく、食事は外食が中心でした。昼は、コンビニ弁当やサンドウィッチを車の中で炭酸飲料と共に胃袋に流し込み、少し時間があるとハンバーガー店や牛丼チェーン店に入って食べるというような簡単かつ早い食べ方でした。そして、そのほとんどが孤食でした。さらに家に帰ってからは、夜11時過ぎからビールを飲み始め、スナック菓子をつまみ食いしていました。

 

そうした不規則で早食い、さらに夜食や間食もする食生活だったので、体重が今よりも15kgほど肥っていました。もちろん、体調も良くなくて、朝ご飯も食べられない日々が続きました。そんな当時の私の性格は、今よりもずいぶんと荒かったと思います。人を待つ余裕が無く、また人を許すことも認めることも出来ませんでした。仕事がたくさんあり、収入も多い。でも、不健康で楽しくない!ただ忙しいだけの日々を送っていたのです。ゆっくりと食事を楽しむことも無く・・・。友達と笑いながら時間を過ごすことも無く・・・。

 

その当時は、今とは比べ物にならない程、仕事のやり方・食べている物・食べ方・かける時間が異なっていました。また、こんな酷い自分の性格は、一生直らないと思っていました。でも、今はそうは思いません。例えば、「食生活の内容を変えるだけでも、性格は変えられる。」と実感しています。そして今では、性格を決めている要因の一つは、食生活なのだと確信しています。まずどんな食品をどう食べるかで、その人の体格は決まります。以前の私の様に早食いで、スナック菓子などの間食を繰り返し、脂肪分が多い食事をしていると一気に肥満に向かいます。そして、それが性格をも左右していたんだと思います。30年前の高等学校の保健体育の授業で、「体格と性格には相関関係がある。」という事を習いました。痩せ型と肥満型では、性格がどう違うのかといったあの話です。でも、これまでの自分の食生活と体格と性格を冷静に考えてみると、体格が性格を決めるのではなく、むしろその逆だと気付きました。人間の心身を作り上げている元になっている原材料は何か?・・・そうです、食べ物です。その食べ物の種類と食べ方こそが、人の性格を決めているんだと思います。そして更に言えば、どんな風に仕事をしているのか? つまり仕事のやり方こそが、その人の性格を大きく左右するほど重要だと気付きました。何故なら、もしも規則正しい食事が出来ない程忙しい仕事をしていては、以前の私の様にたちまち体型が変わってしまうほどの影響があるからです。働く人の食事時間まで脅かすような厳しい職場環境に身を置いてしまうと、理想的な食べ方をすることは永遠に無理です。一日のほとんどの時間を仕事に奪われ、自由な時間を持つ事が出来なければ、落ち着きの無い性格になることは明らかです。自由な時間が少ない窮屈な生活を強いられる環境が続けば、常に焦る落ち着きの無い気持ちに変わります。常に何かに焦っていると人を待てなくなります。心がどんどんと荒れていくのです。

 

今の学校教育で山積する問題を解決する一つの方法は、給食時間を長くすることだと思います。30分間以内に配膳・食事・片付けの全てをやるので、実質5分から10分しか食べる時間がありません。おしゃべり禁止で食べることになるのです。もうこれは、食事とは呼べません。「餌の時間」です。9年間もこんなことをさせられていては、早食いになりますし、本当の食事の楽しさを知らないまま大人になってしまいます。決められた時間内に食べ切ることを「良し」とする集団。逆に自分のペースで味わって食べる事を許さない空気。他人に合わせることが最優先される学校社会では、それぞれの個性は育ちません。個性を尊重するというのは、相手が話す間、時間をかけてこちらも待っているということなのですから・・・。一方、賢い親は我が子を案じて、家庭でゆっくりと食事を摂る様に育てても、こうした学校での悪習慣がしっかりと身についてしまうのです。毎日の時間割が過密では、落ち着きのある子供には育ちません。だから、人とゆっくりと話す経験も乏しく、お互いを理解し合える時間が無く、いじめなどが頻発するのです。私も仕事に追われていたあの頃、ゆっくりと食事をする大切さを理解できませんでした。仕事が、世の中で一番優先される事だと勘違いをしていたのです。そういう仕事の内容というか働き方がまずかったのです。今の私の様に「仕事よりも食べ方が大事だ。」と自覚していれば、もっと早く考え方や性格も変わっていたと思います。食べる食品の種類や食べ方が、体調や脳に大きな影響を与えていたとやっと気付いたのです。


ケアンズ空港から帰る時、ドライフルーツがたくさんあって、二人の荷物の合計が130kg以上。超過料金を払わされそうになりました。結局飛行機に持ち込む分を増やして、何とかセーフ。11月2008年

仕事は、生きて行く上で必要なことですし、大切なことです。でも、自分の体や心を痛めたり、寿命を縮めるまでするべき仕事は、一つも無いと私は考えています。それは本末転倒といますか、意味がありません。今の日本では、多くの職場の労働環境はとても酷く、日々の業務を支えているのは、個人の善意だと私は考えています。多くの労働者は、自分や家族が少しでも豊かな生活が出来るようにと一所懸命にがんばっているんだと思います。でも、ここで疑問が湧いて来ます。「果たして豊かな生活って何なのか?」と考えますと、お金をたくさん稼ぐことだけじゃないと私は思いました。でも、以前の私は、勘違いをしていました。少しでもお金を稼ぐことが、豊かな生活を送れる道だと信じていました。だから、自分の食事の時間を削ってでも、その分お金を稼いでいたのだと思います。

 

しかし、仕事ばかりしていては、せっかく買った家に長く居ることは出来ません。例えば夫婦共働きで、外で仕事をしていれば、ローンは早く返せるかもしれませんが、日中はだれも住んでいません。そんな日々をずっと続けて、一体何だろう?と疑問に思うようになったのでした。家を手に入れても、そこでゆっくりと暮らせなければ、意味がありません。(こんなことなら、持ち家より借家にした方がましだと思ったこともあります。ローンがある為に家族がばらばらで別々の場所で一日の大半を過ごす事になるのなら・・・。ゆっくりと食べられないのなら・・・。)「ゆったりと家で暮らせるような仕事の仕方をしてこそ、ゆっくりと食べられることも可能ですし、それが私にとって理想の生活なんだ。」と意識するようになりました。

 

では、どうしてそう気が付いたかと言いますと、ある光景を目にしたのです。あるハム製造会社の事務所で見た光景に私は驚きました。とある重役の方が、まことに寂しい昼食を摂っていたのです。その方は、食卓テーブルではなくて、パソコン台にコンビニのサンドウィッチを置き、缶コーヒーを片手に画面を見ながら一人で黙々と食べています。今まで頑張って仕事をした結果、こうして何十人という従業員も雇えるほどに会社を大きくしたご本人がです。今の日本で数少ない成功を収めた実業家なのに、この程度の食事なのか?と私は唖然としたのです。時間に追われて、誰とおしゃべりを楽しむことも無く、一人でパソコンに向かって食べている。・・・・。重役だから、一般従業員よりもとても多くのお金も稼いでいるし、ゆとりもあるのだから、もっと良い物をゆっくりと食べているに違いないと思っていたら、・・・。

 

働くって一体何? 一所懸命に働いて得られるその先に見えてくる「豊かな生活」って、こんなものなの?と大きな疑問が湧きました。パソコンの画面から目を離せないほど忙しい仕事にしなくてはならない原因は何処にあるのか? 雇われ人でもなく、経営者側の人間なのに。自分の仕事のやり方や内容を見直せないなんて、とってもおかしいと思いました。そして、いくらお金がたくさんあっても、こんな食べ方を続けていては、豊かな生活を送ったことにはならないし、いずれは体を壊して長生きすることも困難だと私は思いました、そして、こんな貧しい食生活の人が作るハムを私は食べたくないと思いました。早食いするのに適したハムの様に見えます。宣伝でどんなに素晴らしい事を言っても、作っている本人がこんな食生活じゃ、どんな品質かも想像できます。

 

今の日本では、食べ方が根本的に間違えています。豊かな生活を送りたいと願って働いている多くの労働者が実際にやっているのは、このハム会社の人の様に、短時間・孤食・出来合いの弁当、自分の家で作って食べていないといった事のいくつかが当てはまっていると思います。たった一食だからと軽んじていてはいけません。その積み重ねが体調や体格を変え、それが性格も変えてしまうのです。そして、長くずっと生きていたいというエネルギーも湧かなくなる頭に変わってしまうのだと思います。正にそれは以前の私の生き方そのものでした。分かっちゃいるけど、仕事がきつくてどうしようもないと言う人がほとんどだと思います。でも、諦めていては、変化は生まれません。


自分の性格を変えるには、いろいろな方法があると思いますが、私がお勧めするのは「自分を見つめ直す事」です。では、実際にどうすれば自分を見つめ直せるのかといえば、その一つには自分の生活スタイルを点検することだと思います。食生活が規則正しいかどうか。栄養のバランスは良いのかどうか。自分でお料理をしているかどうか?その料理の中身はどうなのか?また、ゆっくりと食べられる様な時間が持てているかなどです。こうした一つ一つが、現実に出来ないのは、どうしてなのか?その原因を探るのです。今の多くの日本人では、その原因のほとんどが仕事のやり方にあると私は考えています。食生活を含めた生活スタイル全般が、自分の心や体を作っている基なんだと自覚すれば、じっくりと仕事のやり方を考えてみようと思うようになるのです。

 

そういう点に目を向けていけば、一体自分は何に焦っていたのかが、次第に自分で分るようになります。こうした事がきっかけになり、「今、どうして気分が良くないのか?」と自分自身を問い直す習慣が身に付いてきます。そして、こうした思考経験を積み重ねることで、怒りのほとんどの原因や問題が、相手の中にではなく、自分自身の中にあったんだ!と気付くのです。余りにも自由になる時間が取れない原因になっている長時間通勤やきつい仕事をしているのであれば、仕事のやり方を変える必要があります。そして時には、離職・転職をも検討しないと、生活や人生を変えることは出来ないとも思います。目の前にある仕事の仕方を自分の力だけで変えられる場合、職場の人たちと力を合わせないと変えられない場合、あるいはさらに国民が力を合わせないと変えられない場合など、いろいろな規模があると思います。


「ゆとりの時間が持てる様に仕事のやり方を意識して、腹八分目の量をゆっくり食べて楽しみます。そうすると一日三回の食事のどれもが、心から待ち遠しい・美味しいと感じられるようになります。この様な食生活が出来れば、自分自身を気の長い性格に変えられて、悩みもぐんと少なくなり、人生をより楽しく過ごすことが出来ます。充実した人生に変われば、あーもっと長く生きたい!と思うように変わっていく。」と、私は考えています。結局は、どんな風に仕事をするかで、食べ方も変わり、体型も変わり、性格も変わるのです。「仕事をすれば、お金が得られる。」と思っていたら、気付かない所で多くの物も失っていることに気付く時だと思います。ずっと長く続けられるような仕事のやり方が、一番の様な気がします。チーズマーケットも私が80歳まで長くやれるように、一度にたくさんの仕事を受けて無理をしないようにしたいと思います。短く60歳(残り14年)で終わったら寂しいですから・・・。(おわり)



食べ方と性格は密接な関係がある。仕事の仕方を見直して、ゆっくりと食事が摂れれば、健康になれる。